耳鼻科にいく。
朝から耳鼻科に行くと、予想通り風邪と花粉症(アレルギー)のダブルパンチでおます。
悪化させんように頑張ります。
なんか昨晩寝られずにすごす。
今日はめちゃしんどかった。
若干の「めまい」そやけど一時間しかネーへんかったら当然やなー。
すごくうまくいくこと、うまくいかないこと、思い通りになること、ならないことがあって、心のバランスがくずれてんのかな?
ストレスかな?
学校は2年宿題テスト
生徒指導の研修もあるので、クラブあんまりみれんかった。
土曜日、朝から学校で扇風機を教室に設置。
クラブ少し見て、餃子大王の練習へ・・・・
(朝から食事まったくとらず・・・)
練習中にめまいがしてきたんやけど、何とか最後までがんばりました。
終了後、気がぬけたのかノックダウン。
吐き気、下痢、めまいの三拍子。
ただ、おんなじしんどさを高校生時代陸上部で、朝ごはん食べんと20キロはしったときに経験しているので、いけるやろー。とおもって車でしばらく寝ました。ましになったら急激に腹減ってたので、スタジオの隣のココ一でカレー食べて、再び寝たらなおりました。
というわけで「8cmシングル」のライブにはいけんかった。タクマすまん。
でも、タクマのバンドを紹介するコピーは考えてあげました。
『郷愁をさそうメロディーとサウンド!
8cmシングルは政令都市堺の新名物だ!』こんな感じです。
家の近所のおみこしに参加するので、コンタクト(1日つかいすて)をいれて出かけた。
旧に異物感と痛みを感じたので、右目のコンタクトはずしてみると破れてるやんけー。
なんかはずしても目がゴロゴロしてる。目の名kに破片がのこってんのかな?
明日医者いこ。
あー。レコーディングのほうも報告。今朝は5時に起きて、ギターのソロの録音と、トラックをまとめる作業。
朝までレコーディングする人はおるやろkど、朝5時から開始するのは俺ぐらいか?
時間そんなときしかないねん。(涙)
今日(水曜)は朝から医者へ行き耳、鼻をみてもらう。
耳は順調に回復にむかっています。まだ、聞こえにくいけど・・・・
鼓膜て再生するのね。
ほんで急いで学校へいって授業。そしてまた生徒指導関係の出張。
今日は生徒の事件なかったんやけど、俺自身の大事件が起こる。
ビックリした。(心配せんといてね。無事やから・・・)
なんかわからんけど、「全裸でよその中学に書類をとどける」夢をみた。
なんか必死で、前をかくしながらグランドを横切る俺。クラブをしている中学生に発見されたところで目が覚める。
よっぽど疲れてるんか?俺?
もうすぐ07年や。
1983年に餃子大王を結成したので07年で結成から24年活動したことになり、25周年イヤーに突入します。
今年一番大きな出来事は自分の入院かな?(すっかりよくなった。)それではみなあんよいお年を!
前に、人間ドッグにいったときの体重が気になったのと、ライブのとき衣装がキツキツだったことにショックをうけ、ダイエットしています。
金曜日からで、もう3キロ落ちてる!でもここからが苦しそう・・・・・。
はげしいカミナリのせいで夜3時ごろ起きてしまって、ちゃんと寝られへんかった。
朝まで、変な夢ばっかり見た。
夢をみるのは久しぶり。
しかも2本立て。
1本目は、バスでどこかへ向かう途中なぜか、停車。そこで絢香のお父さんとおかあさん(とうぜん会ったことも、みたこともありません)にごちそうになってから、一緒にへんな商店街でサンバを踊るというとんでもない内容。サンバの輪はどんどんひろがり、数千人に・・・・。
2本目は、連合音楽会で上手にSAXを吹いていた先生と、俺としげおでセッションすることになる。リズムのことで、俺がいろいろ注文をつけていたら、急にまったく関係のない他校の音楽の先生があらわれて、「雰囲気わるい!」と怒りだしぶちこわしに。
ミナミホイールの難波ハッチでのライブが近づいてきた。明日の金曜日や!
ミナミホイールは俺にとって特別なライブや。
2003年には自分の表現や、パフォーマンス、曲なんかが、今の音楽とずれてきてるんではないか?と悩んでいた俺が、「まだまだ俺らはいける!」と自信を取り戻した。
2004年は大阪MUSEでの数ある出演者の中で、俺ら「餃子大王」だけが超満員で、入場制限になった。また、風邪でひどい熱やったのも乗り越えられた。インディカ29のメンバーにも根性のライブを見てもらうことができた。
05年は、「これからのバンド」を応援する趣旨に、俺らがそぐわないということで、出場できなかった。
06年の今年、清水音泉の清水さんに声をかけてもらい、EXTRA!難波ハッチに出場できることになった。
俺はほんまに幸せや。
ほんまにしあわせ!うきうきしてる。仕事でいろいろあるけど、そんなん吹っ飛ぶくらい幸せ。
ライブはもちろんぶちかます!幸せな気分でぶちかます!
ほんま感謝や!
10数年前、厚生年金大ホールでワンマンライブするときもワクワクしてたけど、今のワクワクはなんか違う。
続けられたことに感謝!たくさんの人に聞いてもらえることに感謝!手術後、体調も良好なことに感謝!
感謝!
幸せな気分でライブに臨みます!
10月6日(金)ミナミホイール 難波ハッチ
一生懸命考えたり、行動したりしても、みんなと協力できなかったらそれは勝手か?
俺もずいぶん勝手やったけどなぁ。わからん。今も勝手とおもわれてるかもしれん。
あと、自分で「俺ってちいさいなぁ!」と思うことが多々あるが、まわりにもかなりの数のちいさな男が!
手術後のたいへんさが薄れてきた。
ちゃんと歩けるようになってきた。
ちょっと疲れやすいけど、もう普通か。
(まだ、生徒ととっくみあいは不可能)
俺のこんな手術くらいで、ほんま不安になったり、いらいらしたりずいぶんとしてきた。今まで、いろんなこと乗り越えてきたつもりやったけど、こんな手術くらいでびびりまくってた。
そうおもったら、おばあちゃん(83歳)とか、頭蓋骨ひらいて脳のなかの手術やらして良く耐えてたなぁと思う。
死んだ母親も手術、何回か失敗したりしてた。あのときは俺らめちゃくちゃつらかったけど、本人はどんな気持ちやったんかなぁと思う。
結局、俺、手術してみて、なんかほかの手術した人の気持ちが少し解るねん。
経験せーなわかれへんことは、いっぱいあるねんなーと、改めておもいました。
ところで、おばあちゃんは敬老の日も仕事。ナンバの高島屋のイベントでお茶会をしきっていました。おわったあと一緒にしゃぶしゃぶ食べて、ビールを飲んだけど、俺がふらふらによっぱらったのに、おばあちゃんは全然へいきです。おそるべし!!
2006年8月25日(入院3日目)
なんか、寝たり、さめたりして入院3日目を迎える。
朝4時には、まだ、起き上がられへんかったので、生まれて始めて尿瓶を使用。しかし、小便するのが、こんなに大変だとは・・・・・。
体痛いし、重いし、気持ち悪い。
5時になって座ってみようと試みるが、気分が悪くなり断念。
6時に座ることが可能に・・・・。TVをつけるのに一苦労。
気分が晴れないので、コンピューターでDVDを見ようと、30分くらい頑張って、イヤホンやら、コンピューターやらを用意する。さあ見ようと思ったDVDを、ベッドの下に落としてしまい、見ることを断念。
7時。TVを見る。腰重い。腹痛い。普通の動きをするのがこんなに辛いとは・・・・。
8時。劇的に気分がましになる。トイレに歩いていってみる。フラフラ。時速0.5kmくらいのスピードか?
その後だんだんマシになってくる。麻酔が切れていってるのかな?
校長が見舞いに来てくれる。(あまり元気なとこみせられへん)
ギター部が全員で見舞いに来てくれる。(だいぶマシになったときでよかった)
こども達は珍しそう
これは生まれてはじめて使用した尿瓶
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
ちょっとびびったよ。
以下は朝日より・・・・・
大阪府枚方市の星ケ丘厚生年金病院(同市星丘4丁目)で昨年2月末、2歳児(当時1)の鼠径(そけい)ヘルニアの手術を執刀した医師(30)が開腹場所を間違え、飛び出した腹膜(ヘルニア嚢(のう))ではなく、膀胱(ぼうこう)を7割以上切り取っていたことが分かった。同病院が28日発表した。幼児は再生手術を受けたが、排尿の障害や感染症などが心配されるという。術後に排尿しない幼児に母親が気づき病院に訴えたが丸一日放置していた。病院はこの医師と指導した医師(38)を戒告とし、損害賠償などに応じるという。
病院によると、幼児はおなかに圧力がかかるともものつけ根から腸などがはみ出す病気で、はみ出さないようにするための手術を受けた。医師はヘルニア嚢がある部分より約1センチずれた場所を開腹してしまったため、膀胱をヘルニア嚢だと勘違いし、そのまま切除したという。
膀胱には筋肉があるなど、専門家にはヘルニア嚢とすぐ判別ができるとされるが、医師は気づかなかったという。2人は小児への同手術の経験が20~50例あるが、乳幼児には1~3例しかなく、小児外科の専門医に相談をするなどしていなかったという。
病院は事故後、調査委員会を設けて、経験不足による乳児への手術の認識の甘さや手術体制の不備などを確認。小児外科専門医(非常勤)を採用するなど再発防止策に取り組んでいるという。
吉矢生人病院長(67)は「申し開きが出来ない。家族には永続的なケアと補償など、最大限の誠意で対応する」と話している。
このこどもの回復を祈ります。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
2006年8月24日(入院2日目 )
前日書いたものを読み返してビックリ!
こんなアホなこと書く余裕は今日いっぺんに吹き飛んだ!
実は24日当日は、記録する余裕もまったくありまへん。
25 日にこれを書いています。
つらかったー!初めての手術。
なんか荷台みたいなんに乗せられて、手術室に運ばれていく時、(ドラマでよくあるシーン)運ばれていく側から見た景色は、無茶緊張感高まったわ。
麻酔は下半身のみで、手術中、俺は意識がはっきりしている訳。
麻酔を腰に何本か注射されたけど、これが無茶苦茶痛かった。もう泣いてたね。注射されると足の先までしびれるねん。
手術中、痛みはほとんどないけど、気持ち悪くてしかたなかった。いつまでかかるんやろ?とか、俺の腹、どないなってんやろう?とか、(俺が頭の中で参照するのは、ブラックジャックの手術シーン・・・したがってっ白黒)しか、考えられへん。
ほんま耐えるのみの2時間やった。
お医者さん、看護師さんに感謝。直してくれるだけとちがって、励まし続けてくれてたからなぁ。
終わって、病室帰ってからも辛い。下半身に感覚がないし、感覚戻ってきたら痛いし、どうしようもありまへん。
なんとか、寝る前に、寝返りできるようになる。
これから、毎日入院日記を更新します。
入院してて、比較的楽な日に書いていたものです。
06年8月23日 (入院1日目)
入院する。
病院で昼食。地味やけどまずくはない。
薬の検査で痛い注射を2本する。
そして、心配していた「毛剃り」。
看護士さんに剃ってもらうのは、抵抗があったのでどうしようと思っていた。
看護士さんは若い女の人やったから、よけいにどないしょうかなぁ?と不安やった。
不安の種類はいろいろ
① 俺のあの部分を見てバカにされたらどうしようという気持ち
② 剃られているときに、あの部分に変化がおきたらどうしようという気持ち
③ 剃刀で、あの部分を切られたらどうしようという気持ち
さて、①②③どの気持ちが一番強かったでしょう?
そんな心配をよそに、電気剃刀を渡され、「これで剃ってくださいね。」と笑顔で言われた。
「へ」という感じで、拍子抜け。
「右側だけ剃ればいいんですか?」と俺は質問。
「いえ!全部剃ってください!後でチェックします。裏側も剃りのこしのないようにしてください。」と笑顔で返されました。
チェックされて、「まだこの辺がのこってますね。」なんて言われたらイヤやから、がんばって裏側まで剃ったよ。丁寧に。
ほんだら何ていうか、もうグロテスクで見ていられないものに・・・・・
スターウォーズにでてきそうな生物になってしまいました。腫れてるのも非常によくわかる。写真でみなさんにお見せできないのが残念です。毛があってグロいと思ってたんやけど、毛がないとよけいにグロかった。(写真あるけど、とても公開できません)
チェックは一瞬。「はい見せてくださいね!」「ハイ、オーケーです。」
無事、剃り終了。
ついに今日から入院ですわ。
入院やら手術やらについて、いっぱい書きたいけど、しばらくは更新でけへんなー。
今、入院前に書こうと思っている項目
① 手術前の毛を剃ること(不安)
② 大部屋の様子(年寄りばかりかな・・・)
③ 手術しているとき俺の意識はあるのか?また、あれば手術されている感覚とはどういったものなのか?
などなどについて書きたいとおもいます。
麻酔医の検診は一瞬ですみました。
速攻学校へいく。
始業式に配る学年通信をつくる。これ、俺、9月1日に学校いってくばれるんやろか?
ほんで、下世話な話になるけど、俺の手術の部位は下腹部。
やっぱ毛はそられるんやろか?不安。このへんは、退院後レポートします。
でも、ここんとこ森家入院続き
今年 2006 俺(そけいヘルニア)
去年 2005 研人(肺炎) 弟の紀代三(肝炎)
2004 ばあば(くも膜下出血、他いろいろ。奇跡の生還)
2003 琴実(喘息)
2002 よめはん(たおれる)
と、5年連続や!あと入院していないのは上太郎(俺の父 72歳)のみに・・・・
最近のコメント